研究者

生体信号を計測・分析し、社会に役立つメッセージを探る

東北大学大学院情報科学研究科 准教授の湯田恵美先生。心電図や呼吸など、人の体内から発せられる信号(生体信号)を測定・分析する研究を行っています。生体信号を研究することでどんなことが分かるのでしょうか。

どんなイノベーションを目指しているか

生体信号のメッセージを計測・分析し様々な分野に応用する

心電図を中心に生体信号を計測しています。脳波、呼吸、脈波、生体加速度との同時計測により、熱中症や心筋梗塞などの病気の早期検知などにもつながる研究です。

ヒトの生体信号の研究によって、生体内に生じている異常や疾患を早い段階で見つけることができます。未病段階にある「ヘルスケア」、病気の有無を判断するための「疾患スクリーニング」、患者さんに対する「治療」の段階、術後の患者さんの健康を守る「リハビリテーション」など、医学・健康科学分野を中心に色々な分野に応用できるのが特徴です。

例えば女性の月経、ストレス、疲労や眠気など病気ではない人間の状態を推定したり、心臓突然死や脳梗塞のリスクを早期に検知したり、薬の効果を客観的に確認したり、リハビリ患者さんやスポーツ選手の運動負荷の調整など、広く応用しています。また、近年は高齢ドライバーの自動車事故が社会問題となっていますが、その事故を防ぐために、ドライバーの眠気やストレスの検出につながる生体信号解析や高齢ドライバーの特性について研究しています。

新しい取り組みも色々とやっていて、例としては加速度データの利活用です。「ウェアラブルウォッチ」と呼ばれる腕時計型の計測器具を使うことで、3軸(XYZ 方向)にかかる加速度を測定できますが、実は9軸を測定できるセンサーもあります。これらを活用すれば、より詳細なデータがとれるので様々な活用が期待できると思っています。

活用のためには、きれいなデータを計測することが大切で、計測から始まって、分析・解釈とつないでいきます。

24時間の心拍変動・生体加速度の解析例
ドライビングシミュレータを用いてヒトの様々な生体信号を計測中

これまでの歩み

私は、東京都三鷹市の出身です。小さい頃から本が好きで、文学少女でありアニメやゲームが好きなおたくでした。研究のきっかけと言えるかは分かりませんが、近所にカルチャーセンターがあり、そこで大学生がプログラミングを教えてくれる教室があったんです。行くとアイスが食べられるという理由で、週に1回そこに行っていて、ゲームを作ったりしていました。

それもあって、なんとなく理系に進んだかなと思います。研究の道に進むとはまったく考えていませんでした。子供の頃の夢はファッションモデルでしたし(笑)身長が低くて早々に諦めましたが。きっと将来は平凡に就職して結婚して…そんな人生を思い描いていましたが、一方で人と同じルートをたどりたくない、違うことをしたいという気持ちもありました。結局、海外の大学へ進学しました。

卒業後は日本に戻って大学院に進学し、大学院を卒業してからは技術職として勤務していました。その時にコンサルティング会社の方と一緒に仕事をしていたことがあり、コンサルタントとして働きたい・MBAを取りたいと思い、アメリカの大学で学位を取ろうと思ったのですが、留学にかかる学費が高かったのです。そのため、アメリカの大学でリサーチアシスタント(助手)のポストを得て、結果的に研究者の道に進み、2014年までは助手としてアメリカにいました。


アメリカでは「ビジネス・インフォマティクス」と呼ばれるコンピューター・サイエンス研究分野の研究室に在籍していました。研究では「最適化問題」も扱うのですが、分かりやすいところで言うと、「Amazonが配送をする上で、どのように人を配置してどのようなルートで配送するのが最も効率的か」といったようなことを考える研究です。今では当たり前になりましたが、レコメンドシステム(Amazonが購入した履歴からお薦めのものを提案してくれる)なんかも当時からやっていました。最初の頃は知能が弱くて、プリンターを買ったお客さんにもう一台プリンターの購入を勧めたりしていたんです。それを、経済学の「代替財」(他の商品やサービスと入れ替わりやすい関係)や「補完財」(一方が売れるともう一方も売れる関係)といった知見を使って改良がなされました。プリンターを買った人に一緒に購入を提案するのであれば、補完財である紙やインクですよね。個人的には、経済学は、工学や情報科学と親和性のある学問だと思っています。

現在の研究のメインテーマは「生体ゆらぎ」であり、生体信号処理ですが、全体の2割くらいはビジネス・インフォマティクスの研究もやっています。

日本に戻ったのは、名古屋市立大学の先生に誘っていただいたことがきっかけです。「どういう人が糖尿病になりやすいか」といった医療分野におけるビックデータ解析ができる人がいないので手伝ってもらえないかとお声掛け頂いて、医学部の医工学分野の研究室の特任研究員となりました。また、当時の研究室はたくさんの研究プロジェクトが走っていましたので、研究室のマネジメント業務を担当していました。アメリカの研究室にはマネージャーがいましたから、アメリカでの経験を活かすことができました。

医工学分野の研究室に所属したことが、現在やっている生体信号処理を始めたきっかけです。心電図や脳波の計測方法など、信号処理について基礎から教えていただきながら研究を進めていきました。2019年からは東北大学工学部の助教となり、2020年には学内の新しい組織であるデータ駆動科学・AI教育研究センター(川内キャンパス)に異動しました。そして2023年からは情報科学研究科の准教授となり、青葉山キャンパスに戻ってきました。学内で2度も引越しをしていますから、引越し貧乏です(笑)
これまで経験してきた工学、医学、情報学の専門を生かして研究しています。

アイデア・技術を実現するために

私は、大学の研究室で生まれた研究・技術を社会に実装したい(社会に役立てたい)と強く思っています。大学にあるたくさんの技術は、残念ながらあまり社会で活用されていません。私たちの生体信号処理研究の多くは、人間を対象にしており、センサーで計測したデータを解析しています。人間を直接計測するためには、負荷の少ない技術や非接触の技術を作らないといけないし、そこには多くのテクノロジーが必要で、企業とのタイアップが不可欠だと考えています。

そのため、講演会や展示会などには積極的に出るようにしています。イメージとしては、

私たちはケーキ屋さんで、さまざまなケーキを作ってショーケースに並べて、お客様に接客しています。実は、私たちは企業の方がどんなものを欲しているかよく分からないので、お客様と対話をしたり、イベントを通じて自分の研究をPRさせていただいています。

その中で実際に連携出来たり、私たちの研究を支援していただける企業と出会えることを嬉しく思っています。

また、東北大学の青葉山キャンパス内の2社の会社経営にも参画しています。

1つは株式会社ハートビートサイエンスラボで、2020年の秋に社長(CEO)の早野順一郎と共に設立しました。私(湯田)は、技術顧問(CTO)を務めています。私たちは心拍変動の研究者ですので、心臓の拍動によって生じるリズム感「ハートビート」に、ワクワクした心躍るようなサービスをお客様に提供したいという思いを込めました。社長を中心とした博士号を有する技術スタッフを中心として、BtoB(企業相手の事業)を行なっています。生体信号を解析するためのプログラムを提供したり、共同開発したり、ヘルスケアサービスに関する企画と運営、セミナーなどを行っています。

もう1つは、スターダムフロウ株式会社です。2023年4月に設立して、社長(CEO)を栗田和磨が、代表取締役CTOを私(湯田)が務めています。

社名は「人気スターの地位まで駆け上がる」という意味。多くの方に健康と楽しさを提供したいという私たちの思いを込めました。

この会社では、ソーシャルウェルネスハブ(社会の孤独をなくして、人と人がつながる場所)として、ケアスタジオ運営を行っています。ここでは、ウェアラブルセンサーを用いた生体モニタリングによる異常検知技術や、専門の運動指導士・理学療法士のサポートによる個別化トレーニングなどが提供されます。お客様にサービスを届けていますので、BtoC(消費者向け)の会社です。

研究室で開発したセンサを用いてbeat-by-beat(心拍ごと)の脈波をリアルタイム計測
運動指導士による個別ケアの様子。大学内にスタジオを設置して実験的に実施

スターダムフロウ株式会社の顧問を務める森山善文先生(写真左)は、業界では有名な健康運動指導士で、複数の本を出版しています。

未来へ向けて・高校生へのメッセージ

私は、毎日違う仕事をしています。「今日は昨日の繰り返し」ではなくて、私の日常にルーティンはありません。私の研究室や会社には、毎日さまざまなお客様が訪れています。刺激的な毎日なので、正直、今から10年後にどんな自分になっているのか、まったく想像できません。健康で笑っていられたらいいですが。今から10年前、私はアメリカにいたんですけども、その頃は10年後の自分が大学で生体信号処理の研究室を主宰しているとか、まったく考えが及ばないですよね(笑)

この記事を読んでくださっている高校生のみなさんも、きっと自分の想像と違うけれども、素敵な未来が待っていると思います。将来を考えることに意味がない、毎日を刺激的に駆け抜けようと思うなかで、少し大きな目標としては、2つあります。

1つ目は、少しでも日本で学びたい、日本のことをいいなと思ってくれる海外の学生さんに多く会うことです。

20年程前、私の学生時代だった日本は、「就職氷河期」と呼ばれる時代ではありましたがアジアの経済大国で、タイやインドネシアなどの学生さんが日本で勉強したい!と強く思って来日していたように思います。それが今は、中国、シンガポール、台湾、韓国などがパワフルなこともあり、埋もれてしまっているように感じています。研究者も学生も、優秀な方はどんどん海外に出ていきます。そんな中で、研究者でありながら企業経営を行う自分の活動を少しでも発信することで、日本で研究したい、働きたいという人が増えたらいいなと考えています。

IEEE(米国電気電子学会)の国際会議で特別講演を行いました。IEEEの活動は全世界的規模であり、情報工学系の専門職団体として世界最大規模です。2023年度はアジア地域で3度の特別講演を行いました。主にアジア地域の学生と交流して日本の研究の魅力を発信しています。
アジア地域の学生たちとSDGsゲームに参加(私はセンターの右隣)。日本では情報工学分野の女性教員、女性研究者は少数ですが、アジアにはたくさんいて、いつも元気をもらっています。

2つ目は外資系を含む企業との技術連携を進めることです。東北には大きな会社が少ないので、東北大学の学生の多くは、関東エリアの会社に就職しています。東北でも就職の選択肢を増やすことはできないのでしょうか。私にできることは小さいですが、まずは研究室レベルで企業との連携を進められたらと考えています。

高校生に伝えたいこととしては、「失敗するのも悪くない」という考え方です。私はAI(人工知能)を含む、情報科学の基礎について大学で教えています。AIのように「失敗」に失敗ラベルをつけてしまうと、コンピュータはその道を踏みません。人間は良くも悪くも、同じ失敗を繰り返すものです。同じものを2つ購入してしまったとか、些細な失敗をしたとき、私は人間だなと実感しています(笑)

失敗から学びが一つでもできたらそれでいいと考えてもらえたらなと思います。あとは楽しいことをどんどんやって、限られた時間の中で何を選択するかを大切にしながら、幸せになってほしいと願っています。工学の目指すところは、人間の幸せですから。

紹介した株式会社ハートビートサイエンスラボとスターダムフロウ株式会社は、生体信号処理の研究からスタートしています。心拍変動解析には長い歴史があり、自動で心電図解析を行うプログラムを開発した吉澤誠教授(東北大学)と、自律神経解釈へ橋渡しをした早野順一郎教授(名古屋市立大学)は二大巨匠でもあります。こうした巨匠の研究を未来に繋いでいくことも、アカデミアの役割のひとつです。(写真:東北大学 青葉山キャンパスにて)

編集後記

研究者でありながら、その研究成果を生かして複数の会社を経営されている湯田先生。

「こだわらずに好きな方向に選んでいきたい。研究者であり続けるというよりも、経営者であり続けることになるかも」と仰っていたのが印象的でした。

お薦めの本はジェームズアレン「原因と結果の法則」と教えて頂きました。

写真提供=湯田先生

関連記事

記事一覧にもどる

最新記事

記事一覧にもどる