大学発ベンチャー

DNA解析の技術で農林水産物の価値を守る

生命の設計図であるDNAを独自の手法で分析する株式会社GENODAS。膨大な遺伝子情報からわずかな違いを検出する独自の技術を生かし、日本の農産物の価値を守っています。取締役の岡野邦宏さんにDNA解析の技術やその技術を活かした新たなサービスについてお話を伺いました。

どんなイノベーションを目指しているか

農産物のDNAのわずかな違いを検出

イチゴや高級ぶどうのシャインマスカット・ルビーロマンなど、日本の優れた農林水産物が海外に持ち出され、栽培されてしまうことが問題になっています。新たな品種を創るためには、多大な労力が必要なため、その権利を守る種苗法という法律があります。新品種を種苗法に従い登録することで特許権と同様の優先権を得ることができ、利用するためにはライセンス料が必要になります。中国では、シャインマスカットが日本の約30倍の面積(2020年)で栽培されており、仮にそれらが正当にライセンス料を支払って栽培されたと仮定すると年間100億円のライセンス料になると試算されています。せっかく日本で開発した品種が海外に持ち出されてしまうことを私たちは「努力の横取り」と呼んでいます。

農産物は持ち出しが簡単で見た目では識別しにくいため、盗用を防ぐことは困難ですが、固有の情報であるDNAを使えば判別できます。DNA解析技術を使って品種の価値を守っていきたいと考えています。

人間のDNA解析は、近年よく研究されていて技術の発展も著しいです。人間でできるのだから作物でもできるだろうと思うかもしれませんが、実はそうではありません。例えば、ニラは人間よりも約10倍DNA(塩基)の数が多いです。人間で培われた技術はニラでは役に立ちません。また、人とチンパンジーの遺伝子の違いは1%。日本人と韓国人の違いは平均0.005%くらいと言われています。しかし、コシヒカリとあきたこまちの違いは0.00009%程度しかありません。DNAの数は多いのに違いはわずかですので、膨大な情報からいかに違いを見出すかということに心血を注いでいます。

それを実現するために私たちが持っている技術は2つあります。1つは「MIG-seq(ミグシック)法」。これは、生物のDNAの中に多数存在する特定配列の内部配列を対象に、次世代シーケンサー(※)を使ってDNA配列を解読する技術です。さらに、その次世代シーケンサーで得られたDNA配列から、わずかな違いを検出するプログラムとして開発した「iDNA法」があります。この二つをセットに、個体や品種レベルの識別を行います。

※次世代シーケンサー=遺伝子の塩基配列を高速に解読する装置

これまでの歩み

微生物研究から遺伝子の道へ

私は工業高等専門学校の出身で、高専生のころは環境問題にとても関心がありました。当時の恩師が「環境問題をつきつめると政治的な問題にぶち当たってしまう」という話をよくしていて、その影響で国家公務員を目指していました。

大学では初めから遺伝子を研究していたわけではなく、もともとの専門は水。水の中にある物質や生物を調べるような研究です。大学の卒業論文のテーマはアオコでした。藍藻類が大量に増殖する現象ですが、その藍藻類の中にものすごく強い毒を作る種がいて、その毒の分析が専門でした。さらにその毒を分解する細菌がいるということでその細菌の研究を始めたのですが、細菌の研究には遺伝子解析を使うこともしばしばあり、大学院修士2年生のころから遺伝子の研究を始めました。大学生の頃は公務員試験を受けたりもしましたが、研究の面白さに惹かれ、いつのまにか研究ばかりしていました。会社の設立は2021年。小さな会社ですが、農水省や林野庁の補助事業をさせていただきながら、我々の技術が実際に農水産物にどう役立つかを試みている状況です。

遺伝子の研究をいまだに続けているのは横への広がりが面白いからかもしれません。DNAはすべての生き物に共通しているので、一度技術を身につけると人間、動物、植物など様々な生物に応用できます。一般的に、研究は下に掘っていくイメージですが、DNA研究は外に広がるイメージ。私がDNAの分析をしているという話が広がれば広がるほど、外部からいろんな分析の依頼が来ます。

アイデア・技術を実現するために

技術を売る会社なので技術の改善をするのはもちろんのこと、その技術を広く社会に生かしていくには「仕組み」づくりが重要となります。私たちもDNAの違いを分析、収集するだけでなく、DNA情報を用いたサービスを立案することで、新たなイノベーションを目指しています。農林水産業の分野では、将来的に農林水産物の流出や偽装をなくすため、DNAで農林水産物の価値をつなぐ枠組みを作りたいと思っています。目指しているのは、DNAを活用したトレーサビリティです。

冒頭で、種苗法は品種の権利を保護する法律だと説明しましたが、盗まれやすい農林水産物を完璧に守ってくれる抑止力を持っている訳ではありません。そこで、DNAを使って農林水産物を守るDNAトレーサビリティを考えています。トレーサビリティ(※)を農林水産物でやろうとすると、一般的には種苗会社などから消費者に届くまで継続して追跡しなければならず、途中で途切れてしまってはいけません。また、悪い加工業者がいて、加工の段階で混ぜ物などをされてしまうと、トレーサビリティによく使われているICタグなどでは対応することは不可能です。DNAでトレーサビリティを行う強みは、DNA自体が固有かつ恒常な情報なので、追跡せずに点と点をつなぐことができるということ。スーパーがこの品種が怪しいと思えば、種苗会社のDNAと突合すればトレーサビリティになります。加工の時点で、すり替えられても分かります。

これが実現すれば、DNAを調べることで、間違いなくいいもの(正規版)であることを証明できるようになり、何より正規版が流通することで、品種の開発者に正当なライセンス料が戻ってきます。さらに、消費者も安心して食べられるようにもなります。このようなポジティブなサイクルを創ることで、持続可能な農林水産業に貢献していきたいと考えています。

※トレーサビリティ=物がいつ、どこで作られ、どのような経路で販売されたかという生産・流通を明らかにする仕組み。

未来へ向けて・高校生へのメッセージ

DNAの分野は、2000年代後半に次世代シーケンサーが売られるようになってから、特にヒトの分野で一気に技術の発展が進み、どんどん早く、安く解析できるようになっています。さらにこれからは応用できる分野も広がっていくと思います。例えば、新型コロナウイルスの検査と同じように、イチゴ農家さんから苗の病気を見分けるDNA判定キットを作ってほしいと要望があります。今は、苗が病気になったときに、病害菌を調べるには1週間程度かかるため、2種類の殺菌剤を撒いたりしていますが、判定キットでその場で病原菌の種類が分かれば薬剤は半分で済むし、手間もコストも節約できる。そういう意味でDNAを調べれば農業がより良いものになる可能性がまだまだあります。

私は大学の准教授もやっていますが、実際に起業に携わり、いろいろな方々と話すと、これまでの研究や勉強だけで見えてこなかったことが見えてきました。自分で何か新しい仕事をする面白さを感じています。

これから高校生のみなさんが起業しようと考えたとき、社会課題の解決が頭に入ってくると思います。社会課題の解決は行政がやるものというイメージがあるかもしれませんが、個人や企業レベルで利益を出しながら何らかの社会課題を解決することは、これからのトレンドになってくるでしょう。些細なことでも自分が問題に感じたことがあれば「起業したらこれを自分で解決できるかもしれない」という意識を一つの選択肢として持っておけば、世の中の見方は大きく変わってくるのではないでしょうか。

編集後記

会社で最も力を入れているのはシイタケのDNA解析。岡野先生によると、シイタケはこれまで販売されているものだけで、なんと200種類以上もの品種があるそうです。スーパーでシイタケを見たときにパッケージが違ったら品種が違うと思っていいくらいだとか。その中で美味しいものや作りやすいものが海外に盗まれてしまう現状があります。遺伝子の話は一見難しそうですが、私たちの生活のすぐ近くにあることに気づかされました。これから買い物に行く際には食品の産地や品種にも注目してみたいと思います。

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