研究者

医療者の負担を減らすマスクの開発に挑む大学院生チーム

医療現場で用いられる「非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)マスク」について、東北大学大学院の学生チームが開発に挑んでいます。きっかけとなったのは初めて医療現場に入った学生の率直な感想。既存のものより扱いやすいマスクを開発し、医療者の業務負担軽減を目指す、関森智紀さん、南理央さん、菊池里美さんの3名にインタビューしました。(写真左から南さん、関森さん、菊池さん)

どんなイノベーションを目指しているか

ベルトを改良し、装着にかかる時間を半分に

現在の医学では新たな技術が生まれる一方、医療現場では医療者が治療や看護とは異なる地道な作業に多くの時間を割いています。その時間を有意義な業務に充てることはできないかという思いからはじまったプロジェクトです。

2021年6月、未来型医療創造卓越大学院プログラムの研修で東北大学病院高度救命救急センターを訪れた時でした。薬学が専門の関森さんは、「医療現場は最新の機器に囲まれているイメージだったが、器具の調整などの地道な作業に想像以上に人員が割かれて」いることに衝撃を受けます。

中でも改良の余地があると感じたのが「非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)マスク」でした。

NPPVマスク試作品

NPPVはマスク越しに大量の空気を送ることで肺を広げて呼吸を助ける治療です。気管挿管や気管切開が要らないため患者さんへの負担が小さいのがメリットですが、空気がマスクから漏れると治療効果が薄くなってしまうので、しっかりベルトで固定して空気が漏れることを防ぐ必要があります。しかし、装着に時間がかかったり位置がずれやすかったりと、医療者にとっての業務負担は大きいものでした。例えばベッドに横たわる患者さんに装着する場合、頭を支える人、装着する人、補助する人―といった具合に複数の人員が必要です。

チームがNPPVをつけた高齢女性のお部屋で装着にかかる時間を計ってみると、NPPVを管理する看護師は1日あたり約2時間(3分×40回)もの時間を費やしていることがわかりました。そこで、マスクを固定するベルト部分をより使いやすいものにすることで装着にかかる時間を半分に減らし、医療者の負担減につなげられないか考えています。

これまでの歩み

既存製品の研究と医療者への聞き取り

メンバーの関森は薬学研究科に所属し、アルツハイマー病やパーキンソン病について研究しています。南と菊池は東北大卒業後、看護師として3年の実務経験を経て大学院に入学しました。

異なるバックグラウンドを持つ3人が始めたプロジェクトでは、まず既存の製品について、添付文書や企業のホームページを元にどんな特徴があるかを調べるところから始めました。

さらに普段NPPVマスク を管理する医療者約10人にインタビューし、NPPVマスクの装着に関する困りごとや使用時に工夫していることなどユーザーの声も拾い上げました。また、実際にメンバーがNPPVマスクを装着し、「ここに汗がたまるのか、動いたらこの辺が痛い」など患者の感覚を知る努力も重ねました。

 チーム内のディスカッションから見えてきた改良のポイントはベルトです。既存の製品を調べてみると、すでに様々な工夫がされているマスク部分に比べ、ベルト部分はまだ改良が施されていない印象を受けました。今春からは、社会実装を見据え、試作モデル作成の段階に入っています。今年度をめどにデザインを決定し、来年度以降は製品化に向け動き出す予定です。

医療機器開発は命にかかわるものなので、患者さんで何回も試すということはできません。NPPV改良の価値、改良による医療現場への還元を意識しています。

アイデア・技術を実現するために

技術を社会で活用するために一番大切にしているのは、使う人の声を聞くことです。研究者の頭の中にできているイメージと現場の感覚にギャップがあれば、どんなに頑張っても活用されないと思うからです。「医療現場ファースト」のためには技術者や研究者の自己満足になってはいけません。技術として面白くて新しいことと、実際に製品化できるか、現場で使いやすいかということは別だったりします。このプロジェクトでは「医療者の負担減」を最終的なゴールにしているので、泥臭いけれどユーザー(医療者)へのインタビューがとても大事になってきます。

もう一つ大切にしていることは、直接医療現場とは関係のない外部の方の声を聞くことです。プロジェクトを始めた当初は「いいものを作ってネットで売ったら売れるんじゃないか」くらいの解像度だったのですが、話を聞いていくうちに特許の関係だとか、経済効果を調べる重要性だとか、細かい点が見えてきました。外部の人だから見える視点やアドバイスでプロジェクトが大きく進んでいる感覚があります。

医療現場の課題解決のためは、ビジネスとしてお金を上手に回すことでサステナブルな事業にしていくことが大切です。そのための方法としては、自分たちが会社を立ち上げる、特許を取ってそれを売る、すでにNPPVマスクを作っている会社と一緒に作る、など選択肢はいろいろあります。どれが一番医療現場へ還元できるかという観点で今後検討していきたいです。

未来へ向けて・高校生へのメッセージ

3人のメンバーに、高校生に向けたメッセージとおすすめの本を聞いてみました。

関森さん 

ためらわずに自分の意見を話してほしいです。自分自身も「間違っているんじゃないか」「変に思われるのでは」と思ってしまい、口に出しづらいときもあります。しかし、今回の研究では看護師2人と医療現場を知らない私、違うバックグラウンドを持った人が集まったとき、同じものを見ても違う意見が出ることがあります。かっこいい意見でなくてもいいのです。みんなの意見が違うことを前提に、高校生の時から自分の意見を言う練習、相手の意見を聞く練習をすると今後につながるのではと思います。

おすすめの本:「世界基準の交渉術 グローバル人財に必要な5つの条件」(薮中三十二)

外交官として長年外交交渉の最前線に立ってきた著者が、日本人が世界で活躍するグローバル人財になるために必要なことを説いた一冊。自分の意見を持つことの大切さや、それを伝えるためのコミュニケーションの方法などについて、著者が経験した様々な外交交渉のエピソードとともに紹介されています。

さらに、グローバルに活躍するに当たって知っておくと便利な思考法や発想法、世界の動向を押さえるための情報収集の方法なども学ぶことができます。

南さん  

高校生の皆さんが看護師のキャリアとしてイメージするのは病院で働いている人たちの姿だと思いますが、私や菊池は大学院で研究をしたりビジネスを学んだりとそのイメージとは違う道を歩んでいます。看護師になった先にもいろんな選択肢があります。

大学院での様々な活動を通じて、自分の強みをいくつ持っているのかが大事になると考えるようになりました。看護師として日本一になるのは難しいことだと思いますが、看護師もできる、研究もできる、ビジネスも分かるという人材はあまりいないでしょう。進学する学部は自分の将来を決めてしまいそうですが、それは自分の柱の一つに過ぎない。その先に無限の可能性があるので、その時の興味に従って選んでもいいのではないかと思います。

おすすめの本:「君に友だちはいらない」(瀧本 哲史)

友人関係や社会とのつながりについて考えられる本。今の環境を疑い、社会という広い視野で自分について考えほしいと思ったためこの本を選びました。

菊池さん 

私は人の話を聞くのが好きで、一つの考えに固執せず、色々な立場から物事を考えることが大切だと感じています。看護師としてこれまでは医療の勉強しかしてこなかったのですが、大学院では心理学の授業も取ってみました。高校生のみなさんもいろいろ情報収集をしていると思いますが、進みたい分野のスペシャリストだけでなく、いろんな人の話を聞くことも大切です。高校の同級生が大人になって、様々なキャリアを持っていることもあります。今のうちから人とのつながり、仲間を大切にしてほしいです。

おすすめの本:「医療現場の行動経済学:すれ違う医者と患者」(大竹 文雄、 平井 啓)

医療従事者として、患者の立場に立って考える事を重視していましたが、この本に出会い、医師の視点や行動経済学という学問の視点から医療現場で起きている課題を見る事の面白さに気づくことができました。

編集後記

普段生活していると、看護師といえば病院で働く姿を、薬学部出身と聞けば薬局で働く薬剤師のイメージを持ちますが、今回インタビューした3名はそれだけではない多様なキャリアを歩み始めています。患者の目線からは現場で働く医療者の姿しか見えませんが、その裏には研究という手段で現場をよくする研究者がいるということを実感しました。

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