研究者

未利用のバイオマス資源から創り出す燃料・生まれる産業

未利用の米油からバイオ燃料の原料と「スーパービタミンE」という健康機能成分を取り出すという宮城発の技術があります。この技術を開発したのが、東北大学工学研究科の北川尚美先生。なぜこのような技術を実現できたのか、その思いを伺いました。

どんなイノベーションを目指しているか

未利用の米油から、バイオ燃料のもとと「スーパービタミンE」を取り出す

生物由来のバイオマス資源を活用し、そこから燃料や食品・医薬品など様々な産業に展開できる成分を取り出すことを行っています。現在は特に米ぬかを原料とする米油に着目しています。米油は精米で出る国産の米ぬかが原料です。米油を作る過程で、食用には使えず余ってしまう油があります。そのままにしておくと捨てられてしまうこの「未利用油」を研究し、発電用のバイオ燃料のもととなる「脂肪酸エステル」やサプリメントなどに使える「スーパービタミンE」などを製造することを実現しました。

※バイオ燃料…化石燃料以外の生物からできる燃料。世界各地では大豆油や菜種油などからバイオ燃料を製造する試みが行われている。化石燃料の代替として利用でき、環境負荷を抑えられることから近年大きな注目を集めている。

これを可能にするのが「イオン交換樹脂法」という方法です。もともとは水を浄化するために使われた方法ですが、これを油にも使うことによってスーパービタミンEの抽出やバイオ燃料の製造が可能となりました。反応する温度は50℃と高くなく、溶媒として使うものも食用のエタノールだけ。CO2をなるべく出さずに環境に優しい方法で製造しています。

「イオン交換樹脂法」に使われる樹脂

抽出したスーパービタミンEはビタミンEの50倍の抗酸化活性作用があるといわれていて、健康・美容によいとされています。コレステロールの吸収を抑える効果や、ヒアルロン酸を体内で創り出す機能を活性化させるため、美肌効果もあるといわれています。このスーパービタミンEをサプリメントにして販売しています。ほかにも化粧品の原料なども製造でき、余すところなく活用し、新たな産業を生み出すことが可能になっています。

これまでの歩み

高校生の時は3つの夢を持っていました。1つ目は、女性で初めてエベレストに登った田部井淳子さんにあこがれて、女性初の何かを成し遂げたいということ。2つ目は、せっかく生まれてきたので、歴史の教科書に名が残るようなことをしたいということ。3つ目は、好きなことで食べていきたいということ。学科で初めて女性の博士号を取り、世の中に論文を発信し、そして好きな研究を仕事にできていたので、ある程度夢がかなってしまいました。そこで、次の目標として、「自分で開発した技術を実用化し、技術で世の中の役に立つ」ということを掲げました。

「イオン交換樹脂法」を開発するきっかけは、2004年。ある学会で、イオン交換樹脂に結合させた酵素を用いて廃油からバイオ燃料を作るという発表がありました。イオン交換樹脂とは自らのイオンと溶液中のイオンを交換するために用いられ、特定の物質を取り除く時に使われます。イオン交換樹脂に酵素と同じ働きがあることを知っていた私たちは、酵素なしでバイオ燃料を作ってみることにしました。実験をしてみると、予想以上の速さで反応が進み、簡単にバイオ燃料ができてしまいました。偶然の出来事ではあるものの、研究を進めるうえで「目に見える現象に惑わされずに本質を見極めるように」という教えを受けてきましたので、樹脂の内部にどんな溶媒が含まれているのか?それがどんな効果を持つのか?など、他の人が気づかない細部までを想像できるセンスを持っていたことがよかったと思っています。

ちょうど各国の二酸化炭素の削減目標を定めた「京都議定書」が発効するタイミングで、メディアにも注目され問い合わせが殺到しました。ただ、映像で移せるのはポタポタと落ちるバイオ燃料。当時、1時間に製造できるバイオ燃料は100mlにも満たず、大量生産ができないことに無力さを感じました。より多くのバイオ燃料の製造と実用化を目指したのですが、ここからが大変でした。

外部の企業の方に製造装置の製作をお願いしたのですが、作って頂いたものがうまく動かず、「世界初の技術を作るなら、外部の方を頼るのではなく自分でやらないといけない」という思いを強くしました。そんな中、2011年の東日本大震災では東北地方の各地で燃料不足に直面しガソリンスタンドに長い列ができました。他の会社が従来法(私たちが課題を指摘していた古い方法)で作っていたバイオ燃料が燃料不足を救っているのを見ながら、自分たちの新技術が実際には役に立てないもどかしさを感じました。

少しずつ研究費を獲得しながら開発を進め、農学部の先生のご紹介で、米油の未利用油と出会い、スーパービタミンEの抽出・製造にも着手しました。より実用化を目指すために2018年にファイトケミカルプロダクツを創業。製造工場を立ち上げ、現在は1時間に10リットル以上のバイオ燃料を生産できるようになりました。

製造工場の様子

アイデア・技術を実現するために

大切なのは使う人のことを考え、ユーザーの声を聞くことだと考えています。必要な人の声をしっかりときき、「その人のために」技術を実用化することが大切だと考えています。それがないと、ものを作っても受け入れられないでしょう。自分にとって理想的なものを作るのではないし、理想を押し付けてもいけないと考えています。

それから、はじめは小さくスタートしてもよいと考えています。最終的には量産化を目指しますが、いきなり量産化するためには多くのお金がかかります。まずは小さくても儲かるものからはじめて、だんだん大きくしていけばよいのです。価格が高く高付加価値のサプリメントからはじめているのも、そういう理由からです。

未来へ向けて・高校生へのメッセージ

将来的には、ここ宮城から世界に誇れる技術を作っていきたいと思っています。より大規模な工場をまずは宮城に作りたい。そして、そこで完成させた技術を人材と共に世界に展開していきたい。宮城には、化学を活かした製造工場がほとんどなく、化学の専門的な知識を持った人材が地元で働くという選択肢がとても少ないです。そういった人材がここ宮城でも活躍できるような場を作っていきたいと考えています。大学の教え子の女性たちの中には、大学卒業後に就職するものの、結婚や子育てのために仕事を辞めて宮城に戻ってくる人も少なくありません。ファイトケミカルプロダクツの社長も、そのような私の教え子の女性です。

技術は形になってきたので、今後は、この技術を他の未利用油にも応用していきたいと考えています。例えば、マーガリンの材料として使われるパーム油。油やしからとれるのですが、この油やしのプランテーションを作るために、マレーシアやインドネシアなどで熱帯雨林の伐採が課題となっています。パーム油の未利用油からバイオ燃料をつくることができれば、プランテーションの開発を抑えることもできると考えています。

高校生の皆さんには、失敗は成功のもとということを強く伝えたいですね。「この実験の結果できなかった」ということがわかることは大きな成果。そこから修正したり考え直したりすればよいのですから、失敗を失敗と思わないことが大切です。海外ではむしろ失敗の方が評価されます。日々努力して、できると思えば、必ずできると思います。

編集後記

偶然ですが取材の翌日、「北川先生にあこがれて東北大学を目指しました」と話した女子学生さんと出会いました。高校生向けの講演や理科実験も積極的に行っているという北川先生。東北から世界初の技術を作り、次世代の研究者を育てていくという思いを感じました。

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