日米のてんかん診療現場で働いた経験を活かし、てんかん医療の革新を目指す
医師として働きながら、東北大学大学院医学系研究科博士課程に在籍する久保田隆文さん。「最適な治療と支援を通じて、世界中のてんかん患者さんに幸せな人生を提供する」を目的とし、臨床、研究、そして事業化を通じて、最新の技術も活用しながらより良い治療法を探究しています。
アメリカでの経験を経て、久保田さんが東北大学で研究を行っている理由、そして今後のビジョンについて聞きました。
日米両国でてんかんの診療を経験
私の両親は歯科医師で、実家も歯科医院を経営していたので、当初は自分も歯科医になるつもりでした。しかし、大学で学んでいるうちに脳に対する興味が深まっていきました。
神奈川県にある聖マリアンナ医科大学の3年生の時に生理学の授業で脳について研究し、その魅力に引き込まれました。5年生になると、実習で脳に関連する分野を選べる機会があり、小児科や精神科、脳神経内科などの中から、どの科の医師になるかを考えました。その中で、脳神経内科の診断や治療が客観的な証拠や論理的な思考に基づいて行われるスタイルに強く惹かれ、脳神経内科を専門にすることに決めました。特に、てんかんを患っていた家族がいたことが大きな理由になり、脳神経内科医を目指す決意を固めました。
てんかんは日本国内で100人に1人が発症する病気であり、うち約30%は治療が難しく3種類以上の薬剤を投与しても発作が収まりません。こういった患者さんが日本国内だけでも30万人以上います。個々のてんかんの原因がまだ完全には解明されておらず、適切な薬が選べていないため、必ずしも患者さんに合った治療ができていないという課題があります。日米両国でてんかんの医療にかかわった経験から、臨床、研究、そして事業化という方向から、よりよいてんかんの治療法を考えています。
アメリカに渡り医師として働いた理由
私が最初に海外に興味を持ったのは、大学3年生の時にバックパッカーとしてタイやカンボジアを旅行した時でした。その時、初めて海外に出て、拙い英語でも何とか通じたことがすごく面白かったのです。それがきっかけで、大学4年生の時にはアメリカを旅行しながら横断して、アメリカの広さや文化の多様さに感動しました。特に、ニューヨークやボストンに行った時に、アカデミアの世界観がすごく面白そうだなと感じて、いつかアメリカで活動したいと思うようになりました。
大学卒業後は札幌の病院で勤務しながら渡米の準備をして、2019年から2021年までアメリカで働き、米国臨床神経生理専門医資格を取得しました。帰国後の勤務先を考えていたのですが、東北大学でてんかんを治療されている先生が患者さん一人ひとりに合った診療を重視していて、私もその考えに共感し、それまで縁もゆかりもなかったのですが、仙台に来ることを決めました。現在は東北大学病院てんかん科で脳神経内科医として活動しています。
アメリカには研究員がたくさんいて、患者さんの数も多かったので、てんかん治療が進んでいました。アメリカでは臨床に加えて研究もしていましたが、アメリカは症例が多くて、その症例のデータがシステマティックに集まっているので、研究がしやすかったです。データも研究しやすいように整えられていたので、効率よく研究が進められました。アメリカの環境については、やはり大変な部分も多かったです。まず、英語が難しいのと、あと個人的に食事が合わなかったですね。短期間なら問題なかったのですが、長期間になると日本食が恋しくなってしまいました。それでも、生活は楽しかったし、また機会があれば海外で暮らしたいと思っています。
東北大学の研究環境
2021年から東北大学の大学院で研究を進め、臨床業務も続けながら研究を進めています。研究を進めながら臨床業務を行うのは大変ですが、それでも両方を続けるのが自分にとって理想です。最初は臨床に興味があったのですが、最近は研究により多くの興味を持つようになりました。研究の面白さは、わからないことを明らかにする過程や、研究成果が社会にどう応用できるかという点にあります。
東北大学が起業や研究の事業化に力を入れていることも、自分にとっての大きなチャンスとなっています。アメリカでの研究から、世の中に変革をもたらしたいという思いが強くなり、日本に戻ってからも、社会に新しい価値を提供したいという気持ちがありました。
現在事業化を検討しているのは遺伝データを含む多層な生物学情報を一度に解析する「マルチオミックス」という方法を用いることです。この多層な情報から1人1人に合った最適な薬剤を提示できるAIを開発します。
このプランについて、2023年度に開催された東北大学のビジネスコンテストに応募し、最優秀賞を受賞することができました。また、事業化を目指す研究者に対する「みちのくGAPファンド」という資金提供の機会もあり、2024年度にはこのファンドにも採択されて事業化に向けた研究開発資金を獲得することができました。
東北大学に来た頃は、このような機会があることを知らなかったのですが、今ではこの環境が自分にぴったりだと感じています。研究とビジネスを融合させて新しい価値を生み出すことが、現在の自分の目標です。
世界中のてんかん患者さんに幸せな人生を
私たちは医師、研究者、AIエンジニア、元看護師などの経験豊富なチームでプロジェクトを推進しています。私たちのパーパス、目指している世界観は、「最適な治療と支援を通じて、世界中のてんかん患者さんに幸せな人生を提供する」というものです。具体的には、2030年までに50万人のてんかん患者さんに私たちが考案した治療法を届けるということです。国内の患者さんである30万人を超えることを考えています。
そして、メンバーで決めた、自分たちが大切にしたい価値観というものもありまして、まず「患者を第一に考え、患者・家族・医療従事者・社会に対して、最良の価値を提供する」という点があります。次に、「自分たちの行動に責任を持ち、医療と社会に対して誠実であり続ける」ことも重要です。それから、「イノベーティブなアプローチ、新たな知見を生み出す」ことや、多様な個性を尊重するダイバーシティも大切にしています。
また自分自身が特に大切にしている価値観が「好奇心」です。自分が知らない世界や未知の領域に対する探究心が、人生やキャリアの根底にあると思っています。例えば、医者になったり、研究を行ったり、社会実装に取り組んだりするのも、その新しい経験や世界を見たり学んだりすることを目指しているからだと考えています。「てんかん診療のイノベーション」を起こせるように、「好奇心」を大切にしていきたいと考えています。