大学発ベンチャー

自動運搬ロボットで、農家の課題を解決

月面探査ロボットのノウハウを活用した自動運搬ロボットで、農家の課題を解決する輝翠(きすい)TECH。CEOのタミル・ブルームさんにロボットの特徴や開発に至る背景についてお話を伺いました。

どんなイノベーションを目指しているか

月面探査ロボの技術を農業に生かす

日本の農業にはいくつかの問題があります。一つは、身体的な負担と人手不足です。高齢化が進む中で、農家さんから農作業は身体的な負担が大きく、空いている土地があっても農地を広げることができないという話を聞きました。また、既存の農機具は複雑で操作が難しいうえ、一つずつの機能しかありません。値段も高いので農家さんにとって購入負担が大きいです。

私たちは月面探査ロボットの技術を応用して、そんな農家さんの課題を解決できるようなロボット「アダム」を開発しています。

アダムには運搬自動化に関する二つの機能があります。一つは「追従モード」、アダムは画像を使ってどの人に追従するのかを把握し、重いものを乗せてついていくことができるので、効率的な作業が可能です。

二つ目は「自動運転モード」、収穫場所から選別場所まで、ロボットが自動で行ったり来たりできる機能です。りんごの収穫時期には、中規模の農家でも一日3000~5000キロを収穫しており、ロボットを使って身体的な負担を減らすことができます。今は一度に250キロを運ぶ実証化を終えており、今後は300キロを目指していきたいです。

今後はロボットにアタッチメントをつけて、一つのロボットで草刈りや農薬散布もできるようにしていきます。機能を1台の機械に統合することで経済的な負担を減らすことができます。2023年の秋に実証が始まります。

私はもともと宇宙ロボットが専門でした。宇宙ロボットには①でこぼこな道を走行できる、②障害物が多いところも自動運転で安全に走行できる③センサーで環境データを収集できるという特徴があります。これらは、農業、とくに果樹でも利用できますので宇宙ロボットの技術を使って農業のロボットを開発しています。

これまでの歩み

私はイスラエルで生まれ、アメリカで育ちました。アメリカにいた大学1年から宇宙ロボットを専門としていました。東北大学工学部の吉田和哉先生の記事をネットで見て、この先生のもとで学びたいと思い、2015年に初めて来日しました

一度アメリカに戻り、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の修士課程で学び、宇宙ベンチャーの「スペースX」で仕事をしていました。もともと私の夢はNASA(アメリカ航空宇宙局)かスペースXで働くことでした。それを実現できてすごくうれしかったのですが、別のことをやればより広く社会に貢献できるとの思いが募り、宇宙分野に残るか別の分野に進むか悩みました。また、日本に戻りたいという気持ちもありました。

2018年に再来日し、東北大学工学研究科の博士課程で月面探査ロボットの開発について学びました。タフな環境でも走るロボットに加え、人工知能を作りたいと思いました。

農業との出会いもそのころです。仙台市に住みながら、宮城県内や山形県など地方をめぐりました。アメリカはとても広いので農家さんと話す機会、農地を直接見る機会はありませんでした。日本では果樹の美しさ、地方の古い建築などが印象的でした。農家さんとお話して、高齢の農家さんが暑い日でも体に負担のある作業をしているのを見て、何とかしたいと考えました

 2021年に会社を設立しましたがすごく大変でした。日本は手続きが多い国なので、会社設立の手続きはすごく複雑で時間もかかりましたが、仙台市起業支援センターアシ☆スタさんのサポートで無事創業ができました。起業してからはロボットの開発はもちろんですが、農家さんとのやりとりが一番楽しいと思っています。

アイデア・技術を実現するために

一つはユーザーと話してニーズをよく理解することです。何度も話すことが重要です。農家さんは何を好み、何が不足しているか、何が使いにくいのかを理解することを大切にしています。

 2024年春からロボットの販売を始めたいと考えていますが、その前段階として2023年4月から青森県弘前市のりんご農家に2台のロボットを貸与しています。このロボットは追従モードを備えていて、肥料散布や枝の剪定、収集の作業に使ってもらいました。使用した農家さんに使ってみた感想を頂いて、それを活かしながらほかの地域でも実証実験を進めているところです。りんごは収穫の時期が始まりましたが、10月から私も青森に行って、農家さんがロボットを使うのをサポートします。

もう一つ大事なのは、「自分がやらないと誰もやらない」というモチベーションです。プロジェクトが始まった当初、いろいろな野菜農家さん、果樹農家さんに聞き取りを行いましたが、果樹農家さんを支援する会社や農地の凹凸に強い機械はあまりないと思いました。

 果樹は重く、農地も障害物が多く複雑な環境なので、農業ロボットを作るためには高度な技術が必要となります。そこで、これまで私が研究してきた月面探査ロボットの経験が生かせると思いました。ゼロからの設計、開発は前例がないため本当に大変でした。また、リンゴを中心とした果樹からスタートしたのは、東北大発のスタートアップとして、東北地方の農業に貢献したいという思いがありました。

未来へ向けて・高校生へのメッセージ

今は青森県のリンゴ農家を中心に支援していますが、青森から全国へ、またリンゴからすべての野菜や果樹へと広げていきたいと考えています。ゆくゆくは農業以外の産業や海外にも届けていきたいです。リンゴからほかの果樹に広げることはそんなに難しくないと考えていて、次にナシやブドウ、柿で役立てることになると思います。

農家さんには、農地の拡大が大変だとか、農作業にかける時間を節約して家族と過ごす時間を持ちたいというニーズがあります。このロボットを使えば、より少ない人数でこれまで通り作業をすることも可能ですし、あるいはこれまでと同じ人数でより効率的な作業をすることもできます。10年後の未来には、時間の節約にも売り上げを増やすことにも役立つと思います。そして、農業のイメージを「楽しく楽で、儲かるもの」に変えていきたいと考えています。

私の高校生の頃はそんなにまじめではなく、ごく普通の高校生だったと思います。宇宙に興味もありましたが、歴史や法律などほかにもいろいろな興味がありました。

日本の高校生は勉強熱心でまじめな印象があります。今後の日本にとって、若い世代は未来をつくる大事な存在だと思います。自分が何をしたいのかわからない、やりたいことが見つからないというのは日本でもアメリカの学生にも共通していますが、まずはいろいろなものを見て、何が好きかを見つけてほしいですね。

編集後記

月面探査と農業は一見全く別の分野に見えますが、路面の凹凸があり障害物の多い環境という共通点があるということに驚きました。タミルさんの技術をほかの分野で活用しようとする発想の柔らかさと、日本の農家さんを助けたいという情熱を感じました。

写真提供=輝翠テック株式会社

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