研究者

先端の科学・技術を取り入れ、医療の分野で「イノベーション」を

東北大学大学院医学系研究科メディシナルハブの宮田敏男教授。医師の経験を持つ宮田先生は長年、研究者として医薬品の開発に取り組んできました。研究機関や企業など様々な異業種と連携しながら実用化を目指す宮田先生に、研究開発への姿勢や医師・研究者の役割を伺いました。

どんなイノベーションを目指しているか

医薬品の開発・人工知能の医療への活用

私は老化関連の疾患や女性・子どもの疾患など、社会的にも重要な医療課題を解決すべく研究開発に取り組んでいます。高齢化は世界的な課題です。WHO(世界保健機関)の推計では、老化や生活習慣に伴う疾患(非感染性疾患)による死亡者数は全死亡者数のうち74%。特に、がん・糖尿病・呼吸器疾患・循環器疾患による死亡者が目立ちます。私はこれら4つの疾患のすべてを研究の対象としています。また社会が複雑になる中で、肉体的な病気だけではなく、精神面(メンタルヘルス)での疾患にも注目していく必要があると考えています。小児の自閉症や女性の更年期障害などの課題にも注力しています。

「50年先の課題は何か」と考えたときに、少子高齢化は必ず大きな課題となっているでしょう。老化を制御するための医薬品も必要になってくるでしょう。未来の大きな社会的な課題に取り組むために研究しています。また、イノベーションを起こすためには先端の科学や技術を取り入れることが大切です。そのため、人工知能(AI)を医療の分野で活用する取り組みも積極的に行っています。

これまでの歩み

腎臓内科医から研究者の道へ

もともと私は腎臓内科医です。数十年ほど前になりますが、当時、腎臓病に効く薬はほとんどなく歯がゆい思いをしました。患者さんを救うためには自分たちが医薬品を開発して、最先端の大学の研究成果を早く患者さんのもとに届けなければいけない。その思いで研究者の立場から、医薬品の開発に取り組んできました。さらに、実用化を加速するために創薬ベンチャーとして株式会社レナサイエンスを創業しました。

研究開発の道のりは長く、例えばある薬はヒトで治験(※)を行うまでに20年以上の年月がかかりました。製薬企業と異なり、リソース(研究員、資金)は少なく、何度も失敗を経験しました。結果的には、1,400以上の化合物を新しく合成し、その中から有効な化合物を見つけました。1,400以上の化合物を作るのだけで10年近くかかりました。医薬品が承認されるまでには、これからもまだまだたくさんハードルがあります。

※治験…薬の候補を用いて、その効果や安全性を確かめるためにヒトに対して行う臨床試験のこと。

人工知能(AI)を医療分野に活用する

直近では人工知能(AI)を医療に活用する研究にも力をいれています。医薬品の開発は、もともとは化学系の領域に位置付けられていました。そして、生物学的なところに広がっていきます。人のゲノム(遺伝情報)が解析できるようになり、1980年ごろから分子生物学が新しい学問として立ち上がり、医療の世界でもバイオ医薬品が開発されます。

そして今私が挑戦をしているのは、医療の発展にAI(人工知能)や情報工学の要素を取り入れていくことです。2020年から医療系AIの開発に取り組んでいます。コロナ禍でなかなか実験室が使えなかったということもあり、AIの研究にも取り組んでみたいと考え、様々なプロジェクトを進めています。

東北大学医学部や東北大学病院は100年以上の歴史があります。100年以上の歴史がある中で、何が後世に残せる価値だと思いますか?

1つは医療のデータと経験です。病院にはこれまでに蓄積してきた治療に関する大量のデータがあります。この大量のデータ(ビッグデータ)から、熟練した医師の経験や暗黙知をAIに学習させたいと思います。具体的な研究で言うと、例えば腎臓機能が低下している患者さんには、血中の老廃物や水分を取り除く「血液透析」を行わなければなりません。血液透析を専門とする経験豊かな医師は、どれくらい透析が必要か、ということを自分の経験値から考えています。AIに大量の血液透析の過去のデータを学習させることにより、熟練した医師の経験や暗黙知を非専門医に伝えることができます。腎臓のプロジェクトに加え、糖尿病、嚥下機能低下といった様々な分野でAIの活用を進めるプロジェクトを進めています。何か新しいことに取り組む場合には、時にプロジェクトを10個くらい同時に進めた方がいい場合もあります。そうすることによって、技術が医療のどの課題や状況に寄与できるか俯瞰できますし、その技術の課題や問題点を明らかにできる場合もあります。

アイデア・技術を実現するために

医薬品の開発は、成功確率が極めて低く、開発期間が長く、そして資金も必要な分野です。その中で医薬品を実用化するために必要なのは、自分たちだけでやるのではなく、様々なパートナー、共同研究者と連携することが必要です。  30年くらい前になりますが、私が学生の頃は「研究は秘匿すべき内容も多く、あまり多くの人に途中で開示しない方がいい」といわれました。しかし今の時代においては、研究規模も大きくなり、特に実用化研究は研究機関や医療機関、あるいは企業といった様々な外部機関と連携した方が、効率よく、早く開発することが可能になります。皆で開発を進める「オープンイノベーション」を進めるために、東北大学大学院医学系研究科の中に「オープンイノベーションラボ(メディシナルハブ)」を設立しました。最大100人くらいは入るスペースで多くの方が交流できる場になります。一般市民の方に向けたイベントも開催しています。

「オープンイノベーション」における医師の立場は、時に「プロデューサー」に近い場合もあると考えています。人を救い、病気を治すのは、医師にしかできない仕事です。医療の課題や研究の医学的価値を理解しているのは医師です。医療という軸がぶれないように全体を調整していくのも医師の役割だと考えています。

 オープンイノベーションのためには、様々な機関との連携が必要になります。医療機関、研究者、専門医、製薬会社、IT企業…。色々な思いを持った方々と連携していくことになります。目標を明確にして1つひとつの過程を丁寧にこなし、みなさんの思いをいい方向にまとめていくのも私の役割だと考えています。  医師と聞くと、病気を治しているお医者さんを想像する方も多いと思います。確かにそういうお医者さんが多いのは事実ですが、研究をしている医師もいますし、行政機関で仕事をしている医師もいます。それぞれの役割があるのだと思います。

未来へ向けて・高校生へのメッセージ

自分も還暦を迎え、大学で教え、研究できる年数が限られてきました。自分も若い時は、先輩の方々やメンター(指導者)に助けられました。若い世代と接しながら、「自分で考え、行動できる」人材の育成にも力を入れていきたいと考えています。

 高校生のみなさんには、ぜひ広い視野を持って、先を見据えて自分で考え、行動してほしいと考えています。細部に丁寧に大切することも大切ですが、学問の世界はとても広いので、ぜひ広い視野と好奇心を持って行動してみてください。

編集後記

趣味は絵を描くこと、という宮田先生。「オープンイノベーションラボ」にも宮田先生が描いた絵画がたくさん飾られていました。科学の世界を多彩な色彩で表現した絵に圧倒されました。

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