アントレプレナーシップとは「心構え」 海外・起業の経験を生かして高校生に伝える

山形大学アントレプレナーシップ教育研究センターの菅生(すがおい)達仁先生は、外資系企業で新規事業開発やマーケティングに携わった後、人材育成の会社を起業し、タイの学校の経営を行うなど、様々な経験を経て大学に着任しました。大学では高校生や大学生に「アントレプレナーシップ」を教えています。
「アントレプレナーシップはマインドセット(心構え)」と語る菅生先生が考えるアントレプレナーシップとは何か。これまでの経験や取り組みを交えながらお話を伺いました。
様々な経験を経て山形大学に着任
出身は大阪府で、大学院修了後はアメリカのコングロマリット・ジェネラルエレクトリック社(GE)や、オランダの医療機器メーカー・フィリップス社など海外に本社のある外資系の本国と日本本社で働きマーケティングや新規事業開発などを行っていました。その後人材育成を担う会社を起業し、またタイの学校の経営を行っていたこともあります。山形大学には2023年に着任しました。
着任後は山形県内の高校生や社会人、山形大学の学生に対して「アントレプレナーシップ(起業家精神)」について授業をしたり、2025年度に山形大学に新しく開講する「社会共創デジタル学環」の立ち上げ準備をしてきました。この学環では初年度は「共創アントレプレナーシップⅠ/Ⅱ」及び「共創実践演習Ⅰ・Ⅱ」の授業を担当します。
アントレプレナーシップはマインドセット
高校生にはまず、「アントレプレナーシップとはマインドセット(心構え、考え方)だよ」と伝えるところから始めています。よく「授業では起業の仕方を教えているんですか?」と聞かれることがありますが、実はそうではありません。
アントレプレナーシップは、まだ研究が始まって20年ほどしか経っておらず、明確な定義が決まっていない分野です。私が納得している定義は、「限られた資源をうまく活用し、新しい挑戦を生み出すための考え方や精神」。ただし、考えているだけでは何も起きません。実際に行動を起こすことで、初めて何かが始まる。例えば、好きな人がいても、気持ちを伝えなければ何も始まらないですよね(笑)。
自分の過去を振り返ると、実は大学時代からアントレプレナーシップの片鱗を持っていたのかなと思います。大学を卒業した後、第1志望の企業に受からなかったんです。今では、大学卒業から3年以内なら新卒扱いされますが、25年前はそんなことはなく、大学卒業後に就職できないと、「新卒にあらずは人間にあらず」なんて言われた厳しい時代でした(笑)。

その結果、中途採用扱いになるわけですが、当時の中途採用は経験者採用が前提。大学を卒業しただけで経験がない自分がどうやって中途採用に応募するのか、全く先が見えなくて、非常に困りました(笑)。
そんな中、行きたい会社に行けないなら意味がないと感じて、結局就職はしませんでした。その代わりに、アメリカにわたりワシントンにある日本大使館で2年間の任期付きプログラムに従事することになりました。もともと英語や海外に興味があったので、偶然見つけた在外公館派遣プログラムに応募したら採用されました。「お金も人とのつながりもないという資源が限られる中で、実際に行動を起こし、新しいことに挑戦した」この経験は、今考えるとアントレプレナーシップを発揮した経験だったなと思います。
山形県内には、3年間を通じてアントレプレナーシップを体系的に学べるコースがある私立高校もあり、私も授業を担当しています。高校生たちには、アントレプレナーシップを楽しみながら学んでもらいたいので、アメリカの大学が開発したゲーム形式の教材を取り入れています。この教材を使いながら、アントレプレナーシップの要素であるリーダーシップやロジカルシンキング(論理的思考法)といったスキルを鍛えています。特にビジネスプランを作成する際には、論理的な思考が求められるので、ロジカルシンキングは欠かせません。

大学生に伝えていること
大学生には、マーケティングや財務、課題の捉え方を教えているのですが、僕が大切にしているのは、もっと実践的な視点でアントレプレナーシップを学んでもらうことです。まず、普段の生活の中で「課題を見つける力」を養うことが大事だと思っていて、授業でよくやるのが「間違い探し」。ただ、間違いがあることは伝えずに、9つの違いがあるプリントを渡しています。
最初は、学生たちは特に何も気にせずプリントを見て、「同じだ」と思ってしまう。けれど、実際に「違いが9つあるんだよ」と伝えると、みんなびっくりして、必死に違いを探し始める。課題発見はこれと同じだよと伝えています。
要するに「普段と部屋の雰囲気が違うなとか、ちょっとした違和感を感じ取れるようになることが、課題を発見する第一歩だよ」と話しています。
そして、ビジネスプランを作る上で特に大事なのは、顧客をしっかり定義すること。例えば「30代の女性」だけでは弱いと伝えています。もっと具体的に、その人がどこに住んでいて、どんな仕事をして、どんな行動をしているのか、どんなことを考えていそうか、そこまで考えないといけません。ターゲットを具体的にすることで、ビジネスの目的も見えてきます。
それから、顧客の「インサイト(本音)」を掴むこともすごく大事です。インサイトとは氷山にたとえると、表に出ている部分じゃなくて、海に隠れている部分のことです。「氷山の一角」という言葉もありますが、氷山のうち表に出ている部分はほんの一部で、海に隠れている部分の方が何倍も大きいのです。
表面の見える部分だけじゃなくて、隠れている部分にこそ顧客の本当のニーズや求めていることがあるので、しっかりその部分を掴むことがビジネスプランを作る上で重要だと強調しています。

地方の企業の独自性を研究したい
今後は地方の企業がどう存続してきたのか、これからどう存続していくのかを追いかけていきたいと思っています。特に、山形や東北地域における企業の特徴については、非常に興味があります。地方でのビジネスは、東京やアメリカとは違う部分がありますが、会社規模が小さいながらも独自の技術や商品を持ち、地域に根付きながら長年続いてきた企業もあります。最近は起業して新しい取り組みをされる方もいらっしゃいますし、東北地方独自の事例を発見したいという思いが強いですね。
2024年度は東北各地の企業さんを訪問させていただいて、すごく面白い事例がありました。例えば秋田にあるスムージー屋さんなのですが、地元の果物を使っていて、ものすごくおいしい商品を出されていました。ただ、一杯700円ちょっとして、近所の人が普段飲むには高めの値段設定でした。
実はそのスムージーは秋田で何か特別な体験をしたい観光客をターゲットにしていて、そのような顧客であれば700円でも買うだろうというのが社長さんの考えでした。このスムージーのように、観光客相手に高価値で提供することで稼ぎを得ることができます。そして、地方で問題となる人手をどう確保するかという点でも、大学の近くに加工所兼店舗を作り、大学生をアルバイトとして雇っているそうです。地方でのビジネスは、アイデア次第でやり方が工夫できることがわかりました。こういう工夫が地方で成功していく要因だと考えています。
これからも、東北地方各地を訪問しながら、地域の企業がどうやって独自の価値を発揮していくのかを追いかけていきたいと思っています。

写真提供=菅生先生